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restaurant OTokyo, Japan / 2025

本計画地は、六本木通りに面した視覚的・聴覚的ノイズの多い都市環境に位置する。極めて高い情報密度と交通量を抱えるこの立地において、計画の主眼は、外部環境との物理的・心理的断絶をいかに構築するかにあった。空間の余白性の操作、音環境の制御、素材の選定、照度の調整、嗅覚的記憶など、多層的な設計手法を通じて、都市の時間感覚から切り離された濃度の高い空間を形成している。 本計画が内包する空間設計の軸には、レストラン「O」の名称に込められた複数の意味が通底している。フランス語で“水”を意味するEAU。もてなしの精神を示す応。そして、文字の形象としてのO=循環。これらの概念は、単なる象徴ではなく、空間の構成、素材の選定、細部の作法において具体的に反映した。 エントランスは、空間体験の出発点として、建築的な「間」の操作と感覚の初期化を担う装置である。同時にここは、食体験へと向かうための意識を静かに整え、感覚の解像度を上げていく「導入の間」として機能する。ブランドカラーのパープルに調色された特注の左官仕上げが壁面を包み、職人による手仕事が光の反射と陰影を繊細に変化させ、空間に呼吸を与えている。正面には無垢ガラスによるオブジェを配し、手水鉢や手水舎といった日本的な迎えの形式を抽象化して再構成。照明配置とガラス厚の計算によって、光の干渉がブランドロゴ「O」の形状を空間内に浮かび上がらせる設計となっている。さらに、齋藤智子氏が本計画のためにデザインしたオリジナルの香りを導入し、静けさとみずみずしさを嗅覚からも体験できるよう設計した。 ダイニングエリアでは、素材・スケール・ディテールに対して極度の精度が求められた。日本産の一枚板は、銘木屋で慎重に選定したセン材。腕が触れる位置に船底型の緩やかな面取りを施し、柔らかく身体を受け止めるよう設計。職人の手仕事によって角を落とした木口の処理は、水が石を削るような時間の蓄積を想起させ、触れた瞬間に素材の温度が伝わるよう意図している。椅子はROS STUDIOによる本計画のためのデザインで、背中を優しく包み込むような背面の曲率設計により、長時間の着座における身体負荷を軽減している。カウンター席のミドルハイチェアには、足掛けのレベルがカウンター側のステップと一致するよう設計。身体的ストレスを最小限に抑え、食と会話への集中を促す。 床材は、ブランドカラーを反映した特注の墨紫色フローリングを採用。黒の持つ硬質な印象を和らげつつも、空間全体の色調を統一し、精神的な落ち着きを醸成する役割を担う。この微妙な色彩操作は、空間全体に静的な調和をもたらし、来訪者の感覚を安定化させるとともに、ブランドのアイデンティティを静かに主張する。細部にわたり配慮した設計は、まさに「応(おもてなし)」の精神を空間に体現したものであり、訪れる者一人ひとりに対する気配りと尊重の形として機能している。 視線と光を制御するために窓面に設けた木製ルーバーとファブリックのレイヤーは、柔らかなモアレを生じさせながら、採光と視線の透過/遮蔽のバランスを取る。静的な構成のなかに動的な揺らぎを挿入することで、空間に微細な変化と呼吸が生まれるよう設計している。カウンター背面の左官壁には、アイボリーを基調とした特注左官仕上げを採用。その骨材には、オーナーである荻野屋から提供された、回収済みの釜飯の“釜”を粉砕し混入した。 廃材でありながら、循環性と物語性を内包する素材として、空間の一部へと取り込んでいる。 循環という思想は、素材の扱い全体に貫かれている。ダイニングテーブルの外周にはカウンターのセン材の端材を再利用し、無垢ガラスは再生しても性質の変わらない素材として、時間を超える透明性と循環性を象徴する存在となっている。空間に用いた素材は、単に意匠面の美を追求するだけではなく、使い切る、繰り返す、引き継ぐという考えのもとに配置した。 個室空間においては、壁面・天井面ともにハタノワタル氏による和紙施工。墨色の和紙の繊細な貼り分け技術が、空間に包容力を与え、閉じた環境ながらも呼吸するような質感を演出する。特注で調合された黄金および燻銀を微細に配合した色彩設計は、光の角度により多層的な表情を見せ、視覚的な深みと静けさを同時に喚起させる。照明設計は、木製テーブルの表面に照射を集中させることで、料理と会話への没入感を強化し、時間の流れを感覚的に緩やかに変容させる役割を果たしている。 廊下から続くパウダールームは、大理石で構成した特注手洗いカウンターおよび本計画専用に設計した壁面収納を備え、機能性と美観を高度に融合。ここでも細部のディテールに徹底的な検証を施し、素材の接合部、仕上げの均質性、ユーザビリティが最高水準で担保されている。プライベート空間としての安心感と、非日常への切り替えを促す静謐な環境が共存する。 本計画は、空間を単なる物理的容器としてではなく、五感を通じた感覚の媒介として捉え、デザインのあらゆる局面に「水」「循環」「もてなし」の理念を内包させている。 素材の再生・再利用、文化的文脈の継承、感覚体験の連鎖は、空間が時間軸と社会性を横断する装置であることを示す。 結果として、レストラン「O」の空間は、都市の喧騒から解放され、訪れる者に洗練された感覚体験と静穏な時間を提供する。光、素材、形態の織り成す調和は、料理の繊細な味わいを引き立てる背景として機能し、来訪者の体験価値を最大化する。本計画は、建築とデザインの領域における、物質性と精神性の高度な統合例として位置づけられるだろう。 (文:ROS STUDIO 更谷)

Brand design/ artless inc_ Shun Kawakami _Matsuda Issei_ Construction / studio inc. _ Furniture production / miraisousakujo _ Lighting design /AURORA _ Plasterer / Yohei Nakaya_ Fabric / LOSKA_ Washi works / Wataru Hatano_ Glass object / Akihiro Kotera

ClientK.K. Oginoya
ConstructionStudio inc.
Lighting planAURORA
PhotographerKeishin Horioksshi / SS
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